倫理原則を中心に医療をめぐる複雑な倫理的な論点を整理する原則主義(principlism)について文献的な整理と論理的検討を行った。次の二点は、このうち特に重要と思われる論点である。 (1)論点整理と意思決定のギヤップ -原則と手順の関連性- 原則主義は原則間の対立や原則の解釈をめぐる対立を調整する原則が含まれていない。特に臨床での意思決定において原則が実際の具体的な意思決定と乖離しているという批判が強い。この批判が<臨床倫理学clinical ethics>と呼ばれる領域を生んだと位置づけたならば、医療倫理の推論の中心が原則よりも具体的な手順(procedure)に焦点を移し、原則と手順という異なるレベルでの推論構造が明確な関連性を保っているか否か、という分析が可能となる。 (2)網羅していない論点 -主体と客体の揺らぎ- 原則主義(特に米国型の四原則)では論点整理さえできない問題がある。特に重要と思われるのは、臓器移植、生殖医療、再生医療、クローン技術というた、<人間の身体やその一部を医療目的で利用すること>つまり<人間身体の資源化>を主題とする問題群である。これらの問題群は原則主義の前提となっている<主体>と<客体>の定義や範囲に関わる。医療においては、「われわれ=主体」が何らかの「医療資源=客体」を利用するという図式が明確なものであれば、こうした問題は生じないが、脳死者からの臓器移植のような場合は、脳死者を「われわれ=主体」の一員と捉えるべきなのか、それとも「医療資源=客体」の一つと捉えるべきなのかが不明確となる。<主体と客体の明確な弁別>を前提として、今日の医療倫理学や原則主義も成り立っているために、網羅しきれない論点が生じているのである。
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