初年度である2002年度の予備調査では、カナダのヌナヴト準州のクガールク(旧名ペリー・ベイ)村においてフィールド・ワークを実施し、以下の項目について、現地のイヌイトの古老と熟練ハンターに聞き取り調査を行い、極北の環境に関するイヌイトの民族科学的知識について基礎的な準備調査を行った。また、このフィールド調査に先立って、カナダのエドモントンにあるアルバータ大学の極北研究所において、イヌイトの民族科学的知識に関する研究の最新情報を収集した。 1 イヌイトの民族動植物分類体系の概要。 2 イヌイトの古老と熟練ハンターのライフ・ヒストリーの概要(知識の社会的背景を明らかにするため)。 3 野生生物の分布と季節移動に関するイヌイトの民族科学的知識の概要。 4 野生の動植物それぞれの種に関するイヌイトの民族生物学的知識、民族解剖学的知識。 5 イヌイトによる野生の動植物の利用法。 6海氷や積雪、年間の気象サイクルに関するイヌイトの民族気象学的知識の概要。 以上の項目のうち、4と5については、対象となる野生生物の種類が多岐にわたるため、アゴヒゲアザラシ、ホッキョクグマ、カリブーなどの数種の野生生物に対象を絞って調査を行った。 以上の準備調査によって、イヌイトの極北の環境に関する知識について以下のことが明らかとなった。 1 イヌイトの知識は[水上(水中):陸上]という基本的な対立軸に沿って緻密に体系化されている。 2 イヌイトの知識は、それぞれのハンターのライフ・ヒストリーや旅の物語、狩猟の物語などと連動した物語のかたちで集積されている。 3 過去100年近くにわたる動植物の分布や季節移動ルートの変動、気象サイクルの変動など、環境の長期の変動について、イヌイトのハンターは詳細な知識をもっている。 来年度以後の調査においては、この本年度の準備調査の結果に基づいて調査対象を拡大し、野生生物や気象現象など、環境に関するイヌイトの知識の全貌を詳細に明らかにするとともに、イヌイトの知識を持続的な環境管理に活かすための方法をさぐってゆく。
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