我が国の運動心理学領域における先行研究においては、軽度の強度強度で行う身体運動が不安や抑うつの軽減に有効であり、その結果自尊感情は向上するという報告はあるものの、高強度での身体運動による抑うつ低減効果についてはほとんど述べられていない。むろん、高強度スポーツの参加者に適合した尺度の開発についての研究もほとんどなされていない。著者は、ウルトラマラソン(以下UM)という、1日で100キロもの長距離を走りきる過酷な競技に参加する中高年を研究対象として、UM完走が精神的健康度にどのように影響を与えているかについて研究を継続してきた。その結果、UMへの挑戦という大きな達成課題を設定し、それを達成することで自尊感情が高まり、それによって精神的健康度は向上することが判明した。 そこで、本研究ではその向上した自尊感情が、具体的に抑うつ低減にどれだけ効果があるか、またその保持性はどれだけあるのかについて着目し、縦断的に量的・質的調査を併用して研究調査を行ってきた。その結果、以下の知見が得られた。 1)UMを完走した対象者については、UM終了直後には自尊感情が非常に高くなり、それに伴って抑うつ傾向は軽減されることが検証された。また、抑うつ軽減の度合いについては、個人差が非常に大きいのが特徴的であった。 2)UMをリタイアした者に関しては、自尊感情が向上する者と低下する者に分かれた。このことは、単に完走・リタイアという結果に起因しているのではなく、自己をどのように評価するかで異なっていることが示唆された。 3)また、抑うつ傾向保持については、参加目的と強い関連性を持つことが判明した。すなわち、個人のUMに対する認知と意味づけによって、レース後の抑うつ低減保持期間は変化している。さらに今後、身体的・社会的自己概念との関連性も念頭に置いての継続した研究が必要であると考えられる。
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