本年度は炭素及びカルシウムを標的として、90度より前方角度における高速中性子の発生機構と、そこでの偏極現象に関して研究を行った。 30度より前方角度では準弾性散乱(1回散乱)過程が支配的であるが、そのピークが核子と原子核で異なるという「準弾性散乱のピークシフト問題」が未解決の問題として残っていた。今回、全偏極移行量の測定から核内相関から来る不定性を分離することに成功し、本問題が原子核内平均場の非局所性に起因する核内核子の有効質量の減少に起因するとの結論を得た。 30度より後方角度における中性子発生機構としては、準弾性散乱過程と多段階直接反応過程が競合する。準弾性散乱と多段階反応ではその偏極観測量に優位な差があるため、偏極観測量の測定から両者の寄与を定量的に推定することができる。 測定した観測量は偏極分解能と偏極移行量D_<NN>であるが、特に偏極分解能は準弾性散乱では比較的後方角度で負の値を取るのに対して、多段階反応では正の値を取り両者の区別に有益である。実験結果と半古典的歪曲波近似(SCDW)の計算との比較から、40度より前方角度では準弾性散乱の寄与が支配的であるのに対して、それより後方角度では多段階反応過程が支配的となり、特に60度より後方角度では3段階反応以上のより複雑な寄与が支配的になることが確かめられた。 偏極移行量は有効相互作用に敏感な観測量である。有効相互作用の精度はSCDWモデルにおける高速中性子発生量の精度と直接結びついており、有効相互作用を精度良く決定することは重要である。D_<NN>の実験結果は、原子核内における核力の媒質効果の影響を示唆している。媒質効果の影響を取り入れた計算はD_<NN>をよく再現するのみならず、中性子発生量も3段階反応までが主な領域では絶対値で10%程度の精度で再現する。この様に偏極観測量はモデル計算の精緻化に本質的な役割を果たし、効率的な加速器駆動システム(核変換)の設計に必要不可欠である。
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