本年度は炭素及びカルシウムを標的として、前方角度における高速中性子発生機構における、核内相関効果と核内媒質効果の定量的評価に関して研究を行った。 前方角度では準弾性散乱過程が支配的である。運動量移行は1fm^<-1>から3fm^<-1>であり、ここでの核内残留相互作用はパイ中間子交換に伴うスピン縦が引力、ロー中間子交換に伴うスピン横が斥力である。従って対応するスピン縦モード(断面積に比例)は増大が、スピン横モードは減少が期待されるが、我々の系統的な研究からスピン縦・横モード共に増大していることが実験的に確かめられている。このようにスピン横モードに関しては理論的予想と実験の間に定性的にも違いがあり「スピン横モードの異常増大」と言われ未解決な問題となっている。このような不一致は、高速中性子発生機構を高精度にモデル化し精緻化する上で大きな問題となり、加速器駆動システムの設計においても大きな安全因子が必要となってしまう。 我々は、核構造(核相関効果)が比較的小さいと期待されるストレッチ状態に着目し、そこから導き出される核内媒質効果と、我々の準弾性散乱過程のデータが統一的に理解できるか研究を行った。ストレッチ状態はケイ素を標的として陽子の非弾性散乱により励起される。乱雑位相近似(RPA)による計算から、まずストレッチ状態の応答関数が核内残留相互作用によらない事が確かめられた。従って核内媒質中での核力が精度良く求められるが、結果はスピン縦モードと結合する力は弱く、スピン横モードと結合する力は強くなっているとの知見を得た。これは「スピン横モードの異常増大」が、理論予想において自由空間での核力を用いている為に生じるものであり、核内媒質効果により強くなった核力を用いれば解決可能であることを示唆している。またスピン縦モードについてはより一層の増大を示唆しており、例えば中性子星等でのパイ中間子凝縮による冷却がより一層進む可能性もあり、近年の冷たい中性子星の解釈等にも結びついている。
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