研究概要 |
カントが批判的な「ア・プリオリ」性の性格描写として「根源的獲得」なる概念を体系中に要請するに至った理由を、『純粋理性批判』序論にて分析判断・綜合判断の区別が二様の仕方で定式化されている事実に着目しつつ、発展史的手法を用いて解明した。 1770年代に成立し『純粋理性批判』にも受け継がれた第一の定式化[KdrV,A6f.=B10f.]は、分析判断と非・分析判断とを区別するのみで、綜合判断の構成要素たる「直観」すら「概念」から分析され得るかのような誤解を招きかねない点で不十分なものであった。このゆえに、1780年代の諸著作では、『純粋理性批判』で付加されていた第二の定式化[KdrV,A7=B11]へとシフトした。これにより、主述両概念間の「同一性」如何を標識として両判断を区別する講壇哲学以来の手法が見限られ、<「(ア・プリオリな)直観」を介して認識を拡張する「(ア・プリオリな)綜合」>という綜合判断の比量的性格を端的に示し得る定式化が確立された。「学としての形而上学」が「ア・プリオリな綜合判断」という「認識様式」による限り、「直観」と「概念」とは相互に基礎付け不可能なものとしてア・プリオリに確保されねばならないのである。 ところが、『純粋理性批判』刊行後も、エーバーハルトによる批判に曲型的に見られるように、専ら第一の定式化のほうを念頭に置いてカントの綜合判断論を難ずる議論は依然として絶えなかった。「根源的獲得」という自然法的概念は、かかる論難に応答するための言わば切り札として、第一次的には「直観」と「概念」の「ア・プリオリ」性が上記のような性格をもつことを際立たせることを意図して、1790年になって批判的認識論の体系中に導入されたものと解釈される。
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