月刊『情況』(第3期第5巻第12号)に発表した「埋もれたア・プリオリ」では、論理学を出自とする哲学の根本概念としての「ア・プリオリ」概念が、カントにおいては、数学・自然科学といった学の事実の普遍妥当性を弁明すべき「権利問題」の解決のための道具立てとして意識的に位置付けられていることを、講義筆記録に窺われるカント自身によるロックやライプニッツといった先行する哲学者への言及を参照しつつ明確にし、次いで、「根源的獲得」という批判的な「ア・プリオリ」の性格描写が、事柄としては、批判的認識論の説く認識形成過程の枢機に位置付けられる「構想力の超越論的綜合」のはたらきを改めて浮き彫りにするものであることを明らかにした。 東京大学出版会より刊行した『<根源的獲得>の哲学--カント批判哲学への新視角』では、上記論文で扱った論点をも含め、批判期の思索の全体を牽引する「ア・プリオリ」という枢軸概念の一位相に対してカントが自ら与えた「根源的獲得」という性格描写に着目し、これを問題分析概念として、批判哲学の全体像を批判的な形而上学という構制において統一的かつ総合的に把握すべく試み、批判期に至るカントの思索史に沿いつつ近世哲学史の一局面を新たな角度から照らし出そうとした。「根源的獲得」の概念が従来の「生得的」の概念をどのように批判し、カント固有の「ア・プリオリ」の概念をどのように際立たせるのか--この二つの問題系に過不足なく目配りし近世哲学史に占め得る批判哲学元来の「根源的獲得」概念の境位を明確に提示するのみならず、さらに踏み込んで、同概念が、やはり「権利問題」の文脈に位置する批判的な実践哲学や美的経験の理論における「ア・プリオリ」の内実の解明にも一定以上の示唆を与え得ることを示した点に、特色を有する。
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