アントニオ・グラムシ『獄中ノート』の哲学論にかんする一連の研究のなかで、本年度は第8ノート「哲学メモ。唯物論と観念論。第3シリーズ」の執筆過程を再構成しながら、グラムシ独自の「実践の哲学」(広義にはマルクス主義・狭義にはマルクス主義哲学をさす)の特質の解明を試みた。 執筆過程については、以下のようになっていることを明らかにした。§222A「哲学研究入門」まではブハーリンの『民衆教程』(邦訳では『史的唯物論』)批判や「科学」概念の検討を中心としている。はじめに、理論と実践の統一など、第7ノートから連続する機械論的唯物論克服の課題に関連した草稿があらわれたのち、§179B「倫理国家と文化国家」から§193B「都市と農村の関係」にいたるまで政治的観点からの考察がつづく。のち、§194A「形式論理学」で再びブハーリン批判を中心とする哲学的諸問題にかんする議論が行われ、204A「哲学研究入門」でこれまでの哲学論を第11ノートにまとめるさいの執筆構想が提示される。「史的唯物論」という語の「実践の哲学」へ置き換えが進行していくが、§223A「クローチェとロリア」で、執筆はあらたな局面をむかえ、クローチェ論の執筆が集中的に開始される。そして後続する§225A「B.クローチェ論のための論点」以降の諸草稿で、クローチェ研究の具体的な論点があげられ、クローチェ論の独立論題化の方向性が提示される。 こうした執筆過程の再構成により、第8ノートを通じた「史的唯物論」の語から「実践の哲学」への置き換えが、人間との関係をつねに想定した普遍的主観としての独自の客観概念把握によって促進されたことを明らかにした。
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