顔の知覚・認知研究では、顔に対する知覚・認知成績(再認、弁別など)が、顔の熟知度や親近性(よく知っている顔かどうか)に影響される事が知られている。一般に、未知の顔や熟知殿低い顔(異人種の顔など)に対する成績に比べ、知人の顔や熟知度の高い顔(自分と同人種の顔など)に対する成績は良好となることが知られている。本研究では、このような熟知度・親近性の効果を、視線方向判断、視線方向残効、顔歪曲残効という、先行研究とは異なる実験手法を用いて検討した。視線方向判断実験では、日本人の顔画像をコンピュータディスプレイに表示し、その顔がどの方向を見ているかを被験者に判断させ、その際の反応時間を測定した。実験開始に先立ち被験者は、半数の顔に対しては熟知化の手続き(顔と名前の対連合課題)を行い、残り半数の顔に対しては実験開始まで未知のままとした。その結果、先行研究と異なり、明確な熟知性の効果は得られなかった。視線方向残効および顔歪曲残効実験では、日本人と白人の顔画像を刺激として用いる事で熟知度を操作した(被験者は全員アジア人であった)。今回利用した2種類の残効は、ある方向を見ている顔や、一定の歪みを加えた顔を持続的に観察すると、その直後の視線方向や顔の歪みの判断に、持続観察した顔と逆方向の系統誤差が生じるという現象である。実験の結果、視線方向残効は刺激顔画像の人種に影響を受けたが、顔歪曲残効では人種による違いは見られなかった。これらの結果は、顔の熟知度・親近性の効果が、知覚・認知課題の内容によって異なっており、一概に「知人の顔はわかりやすい」とは言えない事を示唆している。なお、視線方向残効を指標とする実験手法は、本研究課題において新たに開発したものである。視線方向残効は、熟知度や親近性の効果のみならず、視線に関する知覚・認知過程を他の観点から研究する際にも幅広く利用可能であると期待できる。
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