本研究の主な目的は、人々はなぜ公正感を持つのか、またその社会的な帰結は何かを明らかにすることにある。本年度に行った具体的な研究としては以下の三つが挙げられる。 適応論的シミュレーション:Takahashi(2001)の実験では、公正感に基づく怒りは局所比較(直接の交換相手との比較)と集団内準拠比較(集団内に存在する自分と類似した他者との比較)を用いる場合の方が、局所比較と集団間準拠比較(複数の集団にまたがって存在する自分と類似した他者との比較)を用いる場合よりも大きいということが明らかにされたが、その差を生じさせる心理的メカニズムについては明らかにされなかった。本シミュレーションでは、同様の状況を想定し、集団間準拠比較が可能な社会では不可能な社会よりも相対的には怒らない方が適応的であることを示した。 公正感の適応的基盤に関する予備質問紙調査:公正感の強い人は、不公正に対して怒り、自分の利益を犠牲にしてまで不公正を是正しようとする。しかしそれでは強い公正感を持つことは自己利益に反することになる。本予備質問紙調査では、交換や分配など複数の状況を想定し、その中で公正感の強い人が他者からどのように思われるかを検討した。結果は、公正感の強い人は他者から好意的な評価を受け、交換相手として選ばれやすいことを示した。しかし、公正感の発動する状況による他者からの評価の違いはあまり明確な形では現れなかった。 15年度に行う実験のための準備:Takahashi(2001)の実験のレプリケーションを目的とした実験を、ソフトウェアを移植して新たなネットワーク実験室設備を用いて行った。結果はTakahashi(2001)のものとは異なり、日本とアメリカでは公正感による怒りの現れ方が異なることが示唆された。この差がなぜ生じたのかの解明は、今後の課題として残された。
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