研究概要 |
平成14年度は公共事業における紛争解決研究の文献研究を進めるとともに実験アプローチをもちいて公共事業における紛争解決を困難にする要因を明らかにする研究をおこなった。 実験で操作した第1の要因は情報非対称性の源泉である。非対称情報下の交渉では、分配総額などの交渉情報をもつ当事者は、もたない当事者より有利で、合意も促進されやすい(福野,1999;Straub & Murnighan,1995)。一般に公共事業の執行は行政主導で行われやすく、その情報は地域住民より行政側に偏っており情報の非対称性が存在する。しかし現実の紛争状況では、このような情報の非対称性はむしろ合意を困難にする。たとえ行政が情報公開を誠実に行ったとしても、地域住民はしばしばそれを信頼しない(渡部・春名・北田,1994)。その原因のひとつは、情報の非対称性それ自体というより、そのような情報操作が利害対立の相手によってもたらされていることから生じる不信であろう。そのため情報の非対称性が当事者によってコントロールされているときは、そうでないときより、交渉による合意は達成されにくいと予想される(仮説1)。本研究で検討した第2の要因は決定ルールである。現実の紛争は行政と地域住民のようにしばしば集団間で生じ、その帰結は集団全体に影響する。そのため個人は自分自身だけでなく内集団の他成員がうけとる交渉結果にも考慮しながら意思決定を行う必要がある。自分自身の意思決定が他成員の利益に影響する度合いが強まるほど、人々は譲歩しやすくなる(Miller,1989)。このことから交渉結果が当事者個人の判断のみで決まるときより関係当事者の多数決によって決まるとき、さらに多数決より全員一致によって決まるときに、合意は達成されやすくなるだろう(仮説2)。またこの傾向は合意が困難な状況で顕著になると予想されることから、情報の非対称性が当事者によってもたらされているときに、より強まるだろう(仮説3)。大学生412名を対象とした実験の結果、仮説2は支持されなかったが、仮説1および仮説3は支持された。本研究の結果は、情報の非対称性の存在が必ずしも合意を促進しないことを示した。さらに当事者条件の提案受容率に決定ルールの効果がみられたことは、紛争当事者が内集団の他の成員に対する自分自身の行動の影響を強く意識していることを示している。このことは交渉行動を理解する上で、当事者どうしの孤立した2者関係だけでなく、その2者関係がおかれている集団状況にも注目するアプローチの必要性を強く示唆している。
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