2003年度は、第一に、コミュニケーション障害を持つ人との相互行為場面のビデオデータの整理・編集・管理を行った。まず、1997年より継続してきた脳神経外科と老人保健施設が併設された施設での調査の一環として、昨年度に続き2003年8月にも調査を行った。また、現在までの調査によって得られたビデオデータを、コンピューター上で処理可能なQuick Time形式に変換する作業、及び、個人を特定できる情報を消去しながら分析・発表可能な形態へと整序していくために、ジェファーソン・システムという表記法に則って、トランスクリプト化する作業を継続してきた。現段階では、録画状況が良く研究目的にかなう場面を選定した結果として、言語聴覚士が行う個別リハビリテーションの場面7例のトランスクリプト化を優先する方針を採用し、そのほとんどを達成している。このデータをもとに、修復活動の組織化という論点を中心に、相互行為への参加の形式についての分析を進めていく方針である。 第二に、こうしたコミュニケーション障害についての相互行為論的研究の理論的意義を明らかにする研究も行った(「記憶の科学の思考法-失語症研究と想起の論理文法-」『文明』第3号、45-55)。この研究においては、古典学説以来の失語症研究の方法が、能力帰属の実践を因果的説明へと還元することによって成り立っていること、またその説明のもとでは、日常の能力帰属の実践のあり方が問われることなく切りつめられてしまうこと、などが明らかにされた。さらにその上で、因果的説明の有効性を否定するのではなく、その説明のもとでは見落とされてしまいがちな、人々の方法を記述していく可能性が確保されるべきであることを主張し、想起についての相互行為論的研究の方向性を示した。
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