今年度におこなった作業と研究成果の発表は以下のとおりである。第一に、事例(3)マウント・ホリョーク女子セミナリーにおける教職専門職観について、訪米調査によって収集した史料の検討をおこない、その成果を『東京学芸大学紀要第1部門教育科学』第55集に発表した。事例(1)、(2)と対照的に、ライアンは教職を専門職(profession)としてとらえると功利的な人材しか集まらないと教職専門職化の思想を批判していた。そして教師は天職(mission)であり、教師教育カリキュラムは、自己犠牲的精神の涵養が核となると主張していた。その上で、教師教育者の低賃金と全寮制による教育課程を導入して学費抑制を実現し、幅広い階層から学生を獲得するに至った。総じて、ライアンの教師教育思想は、女性教師の低賃金を理論的に合理化する一方で、学生の階層拡大を可能にしたために州立師範学校よりもむしろ女子大の成立と女性の高等教育の普及に大きな影響を与えていたことが明らかになった。さらに、同セミナリーの卒業生は53人も継続的に来日しており、ライアンの思想の日本への影響に関する調査を開始した。本年度の国内旅費はそのための経費である。第二に、昨年度の研究成果により、事例(1)から(6)の考察には、19世紀中葉のイギリスからのアメリカに対する影響を考察する必要があることが明らかになったため、イギリス女性史研究の第一人者香川せつ子氏(北九州大学教授)の指導助言を得た。この研究成果の一部は、Laura Apol氏(ミシガン州立大助教授)らと共著でアメリカの審査付全国学会雑誌Journal of Literacy Researchに投稿し掲載された。さらなる成果は、アメリカ教育学会(American Educational Research Association)の事前審査に合格し、4月12日から16日までアメリカ合衆国カリフォルニア州サン・ディエゴで開催される年次大会にて発表することが決定した。第三に、マサチューセッツ州Framingham State Collegeの特別古文書館司書のChristopher Carden氏の支援をうけ、事例(4)から(6)に関する史料収集調査の準備をおこなった。調査先図書館の工事等があったため、実地調査を4月17日から25日までおこなう準備を整えた。
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