アイヌ(およびアイヌ文化)を取り巻く今日の文化状況とアイヌ(文化)研究の動向を俯瞰した上で、本年度は、アイヌ文化が近代以後の日本社会の中でいかなる「価値付け」をされ、学問的にも如何に「対象化」されてきたのか、その変遷(すなわち、「フォーマット化」のプロセス)を整理した。その過程からは以下の様ないくつかの課題が導き出された。(1)「近代」において「フォーマット化」されたアイヌ文化それ自体とその文化「伝承・伝達」には、グローバルな側面とローカルな側面の両面があること。(2)とりわけ、そのローカルなもの(個人的な伝承や「文化」的価値)に関しては、ほとんど目を向けられてこなかったか、"ステレオタイプな"アイヌ文化の中に包括され、その独自性、地域性、個別性といった「差異」に関して不問とされてきたこと、などである。 北海道内の研究機関、図書館を巡り、その地域独特の文化を感じさせる資料を収集し、もしくは貴重な資料を保存している北海道在住の人々の協力(聞き取りも含めて)により、これまで一括りに「アイヌ文化」と称されることの多かったアイヌ文化に内在する地域性(旭川、白老、平取・日高・静内、遊楽部など)を分析・把握することができた。かかる地域による「差異」とは、近代におけるアイヌ民族の文化伝承・伝達という営為やアイヌの自己形成の基盤となり、色々な形式で文化を残し伝えようとしている「今日の」アイヌによる伝承を支えるものでもある。そうした今日のアイヌ自らによる伝承・伝達という教育的営為が、学術的な資料の構成として(フォーマット化されたものとして)、或いは個人的な嗜好(準フォーマット化されたもの)・芸術といった水準で展開される「二重の伝承」の姿も整理・把握できた。 今後、それを担う古老と若者それぞれの文化的知識に対する「アクセス」の方法の違い、すなわち世代間の「学び」や「伝承」、「文化的営み」としての「教育」概要を把握するための端緒・契機となる構造の分析・研究もなされたと考えている。
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