本研究は、シベリア・ヤクーチア地域の先住民社会を対象とし、歴史的・政治経済的条件のなかで、先住民の民俗環境知識の生成メカニズムの解明を目的としている。最終年度である2004年度においては、前年度までに収集してきたフィールド民族誌資料を整理すると共に、文献資料を行い、国内の専門家と意見交換を行いながら、研究を進めた。 結論から言うならば、当該地域の先住民の民俗環境知識は、畜産学・家畜管理学的な知見に基づく農業政策の影響をうけながらも、放牧活動を実践する牧夫達の経験的知見の相続そして個人的な発見によって生成されている。ただし、その知識はいくつかの相に分類でき、そのことはヤクーチア地域の社会主義化=集団化・定住化と深く結びついている。知識は、(1)家畜の再生産、特に獣医学的な知識にかかわるもの、(2)家畜の群れとしての行動についての知識、(3)牧夫達が家畜管理を行う際の放牧地選定及び宿営地設営にかかわる知識である。類型的に述べると(1)から(3)の順で科学的知識の影響は弱くなり牧夫の経験的な知識が重要性を増すことになる。そのことは、これらの知識が共有される人々の量に関連する。つまり(1)に近いほど、この知識を共有する(あるいは蓄積しうる)社会的階層が人々が多く(3)については牧夫などに限られる。従来、科学的知見は専門家集団に限られ、経験的知識はより幅広い層に認められるという理解であるが、これは歴史的・政治経済的条件のなかで生業という活動に従事する人々自体が先住民コミュニティのなかで少数化していることを示している。 主たる成果は、ソ連時代に科学的な畜産技術・家畜管理学的技術が導入されたトナカイ飼育のなかで、牧夫達の移動距離や行動パターンを質的・量的に把握し、群れ管理の技術と知識の位相について論考を出版したことである。第二に、その広い意味での歴史的背景を明らかにした。1920-30年代の初期ソビエト政権においてヤクーチアの民族知識人がみずからの生業の産業化の過程をどのように評価していたのか、民族学史・科学史という視点で考察した論考を出版した。さらに、上記にのべたメカニズムをより具体的な民族誌的文脈に即した論考の出版を計画している。
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