本研究では、民族と宗教が複雑で動的な関係を持つ多民族状況下にある中国・ミャンマー・ラオス・タイの4カ国の国境地域において、仏教実践のなかに諸民族の伝統が継承されていることを明らかにし、仏教実践がこの地域での民族間関係構築に果たす役割を考察することを目的としてきた。本年度は研究対象をタイ系民族の一グループであるシャンに設定し、タイとミャンマー二国の狭間に存在するシャンの人々の現状把握と、シャン仏教におけるシャン文字文書の利用形態についての調査を平成14年8月にタイ国北部にて行った。シャンの現状については、友好的な関係とは決していえないタイ国とミャンマー連邦に挟まれたシャンの政治的立場が非常に不安定な状況にあり、国境を越えた移住と移住後の国籍取得の問題がシャンの人々の生活に大きな影響を与えていることが明らかになった。シャンの仏教実践の形態については、在家信者でありながらシャン文字についての知識をもつ者がシャン文字文書をさまざまな形で利用しているという特徴があり、特に仏教儀礼において主導的な役割を果たす「チャレー」と、厄払いや護符作成などをおこなう「サラー」という専門家の活動に注目し、彼らの活動内容やそのネットワークについて明らかにした。 また、次年度以降に計画しているミャンマー連邦内におけるシャン仏教の実践形態についての研究の予備調査を平成14年9月にシャン州で行った。そこでは、ミャンマーの仏教サンガが制度的に統された現在においても、シャン仏教のなかに複数の宗派が存在しており、独自のネットワークを保持していることが明らかとなった。今後はシャン仏教内における諸宗派の活動とミャンマー仏教サンガの制度との関係に注目する計画である。
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