本研究では、民族と宗教が複雑で動的な関係を持つ多民族状況下にある東南アジア大陸部内陸山地の国境地域において、仏教実践のなかに諸民族の伝統が継承されていることを明らかにし、仏教実践がこの地域での民族間関係構築に果たす役割を考察することを目的としている。本年度は、ミャンマー連邦内におけるシャン仏教の実践形態についての調査研究を平成15年9月にシャン州およびカチン州で行い、ミャンマー連邦内のシャン仏教のなかには複数の宗派が存在していること、その中でも独自のネットワークを保持しているチョーティ派の歴史と現状について明らかにすることができた。 チョーティ派は17世紀の上ビルマにおいてビルマ仏教の一宗派として成立したが、その後、王の弾圧によりビルマ仏教界から姿を消す。しかし、シャン州や中国雲南省徳宏地区へと活動の場を移し、その地のシャンや山地民に受け容れられていった。チョーティ派の特徴としては、独自の仏教実践によって他宗派との違いを明確に意識していること、僧は「総本山」である一つの僧院のみに止宿し、各地の寺院には僧がおらず在家信者を中心として維持されていること、各地の信者は総本山を中心としたネットワークを形成していることが挙げられる。このようなシャン仏教における複数の宗派はシャンがビルマ文化圏から仏教を受容するプロセスのなかから生まれてきたものであり、シャン仏教諸宗派の歴史と現状の理解はビルマとシャンの民族間関係の歴史を考察する手がかりとなる。
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