本年度は当初の研究計画にしたがい、研究代表者が所属する国立民族学博物館に収蔵された骨角器資料の調査を中心に行った。特に焦点をあてたのはオーストロネシア系社会におけるイノシシ、ブタの歯牙製品の社会的機能の比較である。一連の調査の結果得られたことは、階層、ジェンダー、自然観といった文化的な背景が、類似した形態をもつ装身具の社会的機能に差異を生じさせている可能性が高いということであった。具体的な事例をあげると、台湾の原住民に共通した慣習であるイノシシの下顎骨懸架や狩猟活動によって捕獲した雄イノシシの犬歯を用いて作られるツォウの腕飾りとパイワンの頭飾りとではそれぞれの社会の中での機能が異なっていたことが本調査とそれに先行して筆者がこれまで行ってきた台湾での野外調査の事例とを照らし合わせることで明らかとなった。両者は同じ素材を使用されているものの、加工の過程には相違が見られ、特に特定の階層に特権的な装飾品として利用されているパイワンの頭飾りには、ツォウのものには見られない付属品が装着される例も多い。すなわち、社会的な機能の違いは形態学的な違いに反映していることが資料の形態学的な調査によって明らかとされたことになる。 従前の事例は台湾だけでなく、オーストロネシア系の集団が展開している東南アジアからオセアニアにかけての太平洋島嶼部においても、観察される可能性は高いと考えられる。特に、イノシシ科のイノシシやブタはこれらの地域の人々にとって重要な資源として歴史的に活用されてきたことを考慮した場合に、歴史的な検証を骨角器という物証をもって行うための糸口を得ることが期待できる。次年度以降の調査のために重要な知見やモデルが本年度の調査によって得られたといえる。
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