本年度は、昨年度に引き続き、中近世移行期における貨幣の使用・通用状況に関わる文献・考古史料の収集を進めた上で、本研究の3ヶ年間を通じて蓄積されたデータに基づき、当該期の貨幣流通の実態について、特に16世紀を中心として分析を行った。 まず注目したのが、甲斐国の年代記「常在寺衆年代記」の記述で、そこから16世紀前・中期における撰銭=通貨不安が十数年ごとに繰り返し発生している事実を検出した。これに他の史料から得られた情報を重ね合わせてみると、同じく撰銭と言っても、実は年代によって内容・背景に大きな相異があることがわかってきた。16世紀初頭の撰銭を特徴付けるのは、これまで他の銭と同様に用いられてきた明銭の価値の揺らぎで、旧来の中世的システムの綻びをうかがわせる一方、16世紀半ばの撰銭で焦点となったのは(おそらくは国内で造られた)私鋳銭の急増であり、さらに世紀後半に入ると、新たに流通し始めた金・銀貨の位置付けが問題となるなど、近世的システムが成立するための基盤が段階を追って準備されていく様子が浮かび上がってくる。すなわち16世紀の撰銭は、中世貨幣システムが解体を始めてから、いくつかの段階を経て近世貨幣システムが成立するに至る過程を端的に表す事象であると言える。以上の考察のあらましについては、2004年7月にシンポジウム「中世資料学の新段階-モノとココロの資料学-」(考古学と中世史研究会・帝京大学山梨文化財研究所主催)で「撰銭再考」と題して口頭報告を行い、その後の調査・分析による知見も加えて、同タイトルの論文集(高志書院、2005年4月刊行予定)で論文として発表する。
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