本研究の目的は、近世百姓ないし村が領主へ宛てて出す訴願届伺等諸文書類の文面操作の様相を明らかにすることにある。研究目標として、1 文面操作の犯罪性の基準の解明、2 領主文書内の訴願届伺書類の内容の把握、3 村方文書内の訴願届伺書類の構成と手続き上の位置の解明、の3つを掲げ、本年度はおもに3についての研究を行い、全体を総括・展望した。 1では、既刊の判例集・裁許集の収載事例のうち「御仕置例類集」(幕府裁判判決例集)の「第一輯古類集二」の「謀書謀判之類」「相違申立又は偽中聞候類」等を電子化し、前年度の不足分を補った。2では、史料館収蔵松代藩真田家文書伝来の「公事御仕置留」類のうち松代藩基本法令成立前の帳簿の解読をほぼ完了し、所収事例と対応する一件書類と関連藩内組織記録の調査を進めた。また、長野県地方検察庁所蔵小諸藩裁判関係史料は、法務省から回答がなく調査できなかった。 3では、2の小諸藩史料と対応する同藩領の史料館収蔵信濃国佐久郡御馬寄村町田家文書を素材として内容把握調査を進めた。同藩史料は未調査ながら、この町田家文書からは領主文書を補う貴重な内容が明らかになった。近世に組頭・百姓代を勤め(名主には就任せず)、東信地方で著名な医者の弟子も出した家の文書である町田家文書には、家や村内の様子を記録した日記類が残されており、これを解読・電子化できた。名主と異なる文化的関係網と地主的力量を背景に藩役人等と独自の紐帯を持ち村政へ参画した状況をうかがえる。同家文書に関連し、旧・御馬寄村とその周辺の現地調査を実施した。 以上の研究から、訴願届伺書類の作成現場たる村での文面操作は、領主側への発覚時のみ文章の修辞性等よりその行為自体・効果が問題視されること、村と領主の間にある郷宿・用達等での修正・洗練機能や内済的機能により領主側へ影響しない可能性、操作の痕跡はもっぱら村方文書へ残される可能性、等を確認した。
|