「二重革命」が進行するなか、政治・経済・社会のあらゆる局面で未曾有の「危機」に直面していた18、19世紀転換期のイギリス。この激動の時代にあって、当時の国家的関心事のすべてを視野にいれて活躍した人物、パトリック・カフーンに焦点をあてた。カフーンには、商人・治安判事・統計学者など、さまざまな顔があり、その活動はスコットランドの製造業振興政策からロンドンの貧民救済・治安維持機構の改革(ポリス概念の構築)、そして大英帝国の富の算出まで多岐にわたる。従来の研究で、その活動が個別に取り上げられることはあっても、それらを総体としてとらえ、体系的に理解しようとする試みは存在しなかった。 本研究では、カフーンの諸言説と、実務家としての活動を総合し、そこに何らかの一貫性を読み取ることで、警察問題に矮小化されないカフーンの壮大な社会観にせまった。75年の生涯で、カフーンが取り組んだ諸問題は、一見、何の「つながり」もないようにみえて、実はすべて「富(=国力)の蓄積」と密接に絡んでいる。本研究では、彼の生涯を3期に分けて、「富」に対するカフーンの思考をたどるとともに、彼があらゆる問題の解決手段として「国家」の役割を重視していたことを明らかにした。「富の蓄積」と解決手段としての「国家」。この二つが彼の全生涯を貫いた。カフーンは、歴史に名をのこす「思想家」としてではなく、差し迫った社会問題に処方箋を与える「実務家」として生きた。こうした彼の現実的な国家観は、フランス革命の余波でイギリスがかつてないパニックに見舞われた「危機の時代」を考察する上で、これまでとは違う、新たな視角を提供してくれるはずである。以上の研究成果を、「富と国家-パトリック・カフーンと18、19世紀転換期イギリス社会-」と題する論文にまとめ、『摂大人文科学』(第11号、2003年9月発行)に発表した。
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