本研究「近世後期都市江戸における歌壇・結社の研究」は、江戸時代後期、とりわけ文化・文政期から天保期にかけて、江戸を中心とする文化的状況を歌人・国学者の作った歌壇・結社という観点から研究するものである。平成15年度においては、14年度に引き続き、資料の収集および整理を行なった。まず、入手可能な歌書版本3点の購入を行なった。これは国学者の注釈書や歌集を中心とするが、本研究のためには必要不可欠のものである。次に入手困難な当該書の紙焼写真の入手を行なった。今年度はおもに本居宣長記念館所蔵の宣長自筆資料のうち、『古事記伝』の草稿本が中心である。三つ目として、広く同類の版本・写本を見て、しかも形態的特徴を記述するために国文学研究資料館が所収した全国各地の図書館・文庫所蔵の版本・写本の紙焼写真を検討対象とした。以上3点にわたる文献資料の収集・調査は順調にすすめられ、所期の目標を達成した。 さて、本年度の研究成果として、上記資料を用いて行なったものに、「「松坂の一夜」の影-伊藤主膳僭称一件と楠後文蔵忠積」と「「漢意」の成立と展開」がある。前者は、一般に「松坂の一夜」の名で知られる本居宣長と賀茂真淵の一期一会の邂逅が専ら宣長の回想によってのみ再現され受け継がれて、国学史上のモニュメントとなってきたが、それは一面的な像に過ぎず、真淵の側の資料によって相対化する必要があることを述べた。また、後者は宣長学の主要タームである「漢意」の生成を宣長草稿の整理・分析により明らかにした。いずれの論考も宣長没後の後(期歌壇・国学結社が宣長をいかに受け入れるかという観点から成されたものであり、これまでの国学史および後期歌壇の相対化する視点を提供することに成功している。この観点は、本研究の最終年度である来年度における総括のポイントとなるものである。
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