本年度は、谷崎潤一郎と読者との関係を明らかにするために、おもに大正期の社会状況と谷崎の言語実践についての調査と分析を行った。 学術論文として発表したのは、その中でも、関東大震災(大正12)を契機とする社会の変化、とりわけ震災報道等に見られる人々の認識の組み替えに対して、谷崎が意識的に関わろうとしたそのプロセスを、震災から数年経って発表された『「九月一日」前後のこと』(昭和2『改造』)における表現構造の分析を通して考察したものである。 また、大正〜昭和初期の「文学場」の状況をメディアの面から考察するために、平成14年度に引き続き、一次資料の収集を集中的に行った。本年度は、特に、新潮社の刊行していた『新潮』(明治37〜)および『文章倶楽部』(大正5〜昭和4)と、それを取り巻くメディア環境の調査がその中心となった。このような調査を基礎として、谷崎の大正期諸作品の捉え直しを行っており、現在、学術論文として発表するための準備中である。 さらに、研究対象としての「日本近代」の幅を広げるために、平成14年度に引き続き、カナダ・バンクーバー市における戦前期の日本人コミュニティーの読書状況についての資料調査と聞き取り調査を行った。本年度は、特に書物の流通をめぐる資料や証言を得ることができた。
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