二十世紀の文学者の中でとりわけテクノロジーとの関係が重要と思われるサミュエル・ベケットに的を絞り、次の五つの観点から詳細な分析を行った。 1)ベケットの初期の小説において性的身体の機械的表象が見られるのは、性的差異の忌避と母胎内への退行願望のせいである。そのことを精神分析理論や、同時代のアヴァンギャルド芸術における退行と機械的身体に言及しながら論じた。 2)退行は身体境界のあいまい化を招来する。そのことがベケットの作品における境界、開口部、流れの表象にどう関係しているかを論じた。 3)十九世紀後半以降のテクノロジーの進展は感覚を再編制し、視覚や聴覚を孤立化させると同時にそれらを無秩序に融合させる共感覚(synatsthesia)をも前景化した。その歴史の中にベケットを位置づけた。 4)視覚に焦点を合わせてカメラ・アイという技法のもつ意味を考察した。 5)テープレコーダー、ラジオなど音声テクノロジーが作品に与えた影響をデリダの理論を参照しながら分析した。 これらは長い本格的論文として完成に近づきつつある。
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