19世紀末から20世紀初めにかけてのテクノロジーの発展が人間の身体や感覚をどのように変容させ、それがまたアヴァンギャルド芸術にどのように影響しているか、という本テーマは、現在、内外で熱い関心の対象になっており、多くの研究書や論文が発表されている。本年度もそれらを意識しながら、サミュエル・ベケットの作品におけるテクノロジー、感覚、身体についての論文(完成済み)を出版するための修正や補足的作業を中心に研究を組み立てた。たとえば、来年度5月の日本英文学会でのシンポジウム「感覚・テクノロジー.・モダニズム」を企画し、フィールドが近い研究者と交流を持って刺激を受けた。また、写真や映画は、すでに死んだ者をも再現させるという意味で幽霊的次元と密接に関連しており、それゆえ19世紀にはオカルトとも結びついていたのだが、ベケットがこの関連をどのように作品で表現しているかに関しては、彼の映画『フィルム』についての論文を発表した(「ベケットとカメラアイ-『フィルム』をめぐって」近藤耕人編『サミュエル・ベケットのヴィジョンと運動』、未知谷、2005年3月、pp.34-52)。また、1920年代に映画に音声が導入され、トーキーの時代になった頃、その是非が盛んに議論され、ベケットもその美学的議論に関心を持っていた形跡がある。そこでこの時代の映像と音声、視覚と聴覚をどのように調整するかについてのエイゼンシュテインの議論(『映画感覚』)を参照し、さらにベケットを取り巻く感覚変容のコンテクストを理解するよう努めた。
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