研究概要 |
本研究はジョーゼフ・コンラッドの作品に焦点を当て、初期モダニズム期における小説の語りの変遷が、ダーウィニズムや優生学などの進化論言説といかなる関連性を有しているのかを探るものである。そのため、研究初年度である本年度においては、コンラッド作品の読解ならびに進化論に関連する一次資料の収集・解析を中心に研究活動を行なった。とりわけ重要な著作の解析に関してはコンピューターおよびOCRソフトを利用し、電子テクストのデータベースを作成することで、作業の効率化を図った。また同様の理由により、あらかじめ電子化された資料を積極的に収集する方針をとった。その他、関連する二次資料の収集・調査も併せて行なった。研究の過程で、"The Idiots"(1896),The Nigger of the 'Narcissus'(1897),"Heart of Darkness"(1902),The Secret Agent(1907)などの語りにおいて、チェーザレ・ロンブローゾによる観相学理論や、ハーバート・スペンサー等による社会ダーウィン主義理論の強い影響が確認された。「醜い顔」や「歪んだ身体」を持つ登場人物は、小説の勃興期より用いられてきたものであるが、コンラッドの小説においては、そうしたステレオタイプが、ダーウィンの進化論に始まる同時代の「科学」の言説によって強力に裏打ちされている。だが同時に、とりわけThe Secret Agentの語りにおいて、そうした科学言説の信頼性は根底から揺るがされている。このような事実が判明したことは、本研究の最終目的である、初期モダニズムの語りの起源を探索することに向けての大きな収穫であったと言える。また、進化論言説と小説の語りの比較を行なううちに、両者が現実と虚構という対立的概念の中に収められるものではなく、共に広義での語りとして、すなわち「意味づけ」のための言語として扱われるべきものであると認識するに至った。そのため今後の研究においては、進化論テクストと小説テクストを並べ合わせながら、その相違点を精査していく手法が有効であると考えられる。
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