17世紀植民地時代から19世紀末までの近代劇成立以前までを対象に、アメリカにおいて、イギリスから「文化の恩恵」としてもたらされたシェイクスピアの伝統が、いかなる特異な政治・社会的、文化的条件のはたらきによってアメリカ演劇と文学に自然化されていったのか・・・その諸条件の解明が研究の主題である。全成果は平成15年7月に出版予定で、平成14年度の一年を通して研究の総括と原稿執筆を行った。本年度は具体的な各論として、(1)19世紀に人気を博した女優C.クッシュマン(1816-76)のロミオ役を手がかりに、男装が家庭神話イデオロギーに依拠する男女の領域区分をいかに切り崩すか、(2)アメリカ・ルネッサンスの小説家H.メルヴィル(1819-91)の論文「ホーソーンとその苔」(1850)にみられる、アメリカの文化的独立とシェイクスピアのメタファの関係、の二点を考察した。本研究に期待される成果は二点ある。(1)1990年代後半までのアメリカ演劇研究では、近代劇成立以前の演劇は研究対象とされなかったが、大衆演劇こそが当時の文化の主流をなしていた。演劇は最も社会的な芸術形態であり、大衆演劇の研究は20世紀以前のアメリカ社会を知る手がかりとなる。(2)シェイクスピアの伝統をアメリカ文化と文学の文脈に読み込む比喩的分析はいまだ未開拓の分野である。シェイクスピアが植民地時代から今世紀までのアメリカの精神に継承されていることが提示できれば、現在のアメリカを知る上での有効な指針をも提供するだろう。こうした二つの新視点を踏まえた本研究は、シェイクスピアを初期アメリカ演劇史の中に位置づけて「アメリカ人劇作家」として読み直すことにより、アメリカ演劇史全般を、ひいては演劇をもその一部分とするアメリカ文学史を書き直す結果となる。(758字)
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