本研究は、アメリカにおけるシェイクスピア的伝統の受容と変容の考察を目的とし、平成15年度をもって二年間の科研費交付期間を終えた。こんにちでこそ帝国主義の支配者としてのみ語られるものの、アメリカは紛れもなくかつての英国植民地であり、アメリカ文学は旧植民地において発展を遂げた「土着の英文学」(ポスト・コロニアリズム批評用語を用いるならば、小文字で始まる"english literature")の特徴を備えている。批評家Homi Bhabhaの擬態(mimicry)論をポスト・コロニアル文化理論の根本に据えるならば、17世紀初めから新大陸の演劇伝統に移入されていったシェイクスピアもまた、異種混淆的なアメリカ独自のかたち(言うなれば、小文字で始まる"shakespeare")へ発展したと考えられる。宗主国イギリスからもたらされた最大の「文化の恩恵」であるシェイクスピア文化は、いかなる特異な政治・社会的、文化的条件のはたらきによって、アメリカ演劇と文学に自然化されていったのか、その諸条件の解明を行ってきた。科研費の交付期間内に、大学院博士課程以来考察してきた、上記のような全体構想に基づく研究テーマの完成を目指した。本年度は、博士論文を土台に、昨年度に執筆した各論二編を加えて、年表、図版、索引などを含む全体の大幅な加筆改稿を行った。その結果、研究の総仕上げとして『アメリカン・シェイクスピア---初期アメリカ演劇の文化史』(四六版310頁、国書刊行会刊、平成15年11月)を出版し、それにより成果を内外の学界に問うた。
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