平成15年度は、まず昨年に引き続き、エドワード・サイードの思想における知識人の表象、及び第三世界ナショナリズムの問題を検討した。特に80年代後半以降の自伝的文章に注目し、そこに表れる「私」と「私たち」の揺らぎ(自伝の告白性と証言性の間の揺らぎ)を分析した。成果発表として、「一驚論叢』にサイード論を発表した。また、「英語青年』のサイード特集号に、サイードと英文学というテーマで論考を掲載した。 また、昨年同様、ハイブリッド性(hybridity)の概念を理論的に再検討した。夏にオックスフォードで資料収集を行い、イギリスにおけるポストコロニアリズムの第一人者でありハイブリッド性についての著書もあるロバート・ヤング氏の指導を受けた。成果発表として、『文化アイデンティティの行方』(14年4月28日一橋大学大学院言語社会研究科国際シンポジウムの記録)の第7章「ハイブリッド」とは何か」の編集に携わり、論文「文学理論とハイブリッド」を掲載した。 15年度の新たな展開としては、ポストコロニアル言説における「自伝性」の問題である。ポストコロニアル文学、批評は自伝的である。ポストコロニアルなディスコースにおいては、ハイブリッドな文化アイデンティティが伝統的な自伝ディスコースを脱構築するとともに、自伝性を戦略的文化アイデンティティ獲得の武器ともする。ポストコロニアルな自伝性が西洋近代の対抗物語を呈示するディスコースとなりうるか、現在検討中である。
|