『人生 使用法』を特徴づける「空虚」は、作家の生い立ちにその起源を求めることができる。精神科医ポンタリスは、偽名のもとにペレックの症例を報告し、この患者がみせる場所への執拗なこだわりが、幼年期をしるしづける「空虚」を根源にもつことをあざやかにえぐりだしている。「ピエールの母親はガス室で亡くなっていた。ピエールが飽くことなく充たそうとした空っぽの部屋の数々、その背後にはこの部屋が隠されていたのだ。あらゆる名の背後に、名もなきものがあった。あらゆる形見の背後に、痕跡ひとつ遺さず亡くなった母親がいたのだ。」部屋を充たして増殖する「細部」と同じく、『人生 使用法』を充たしている「物語」もまた、そもそもの欠如をうめあわせるものであったようだ。自伝『Wあるいは子供の頃の思い出』の冒頭は次のように始まる。「ぼくには子どもの頃の想い出がない。十二歳ごろまでのぼくの物語は数行に収まってしまう。父を四歳で、母を六歳で亡くした。戦中はヴィラール=ド=ランスの寄宿舎を転々とした。一九四五年に父の姉とその夫がぼくを養子にした、というものだ。」作家の幼年期における物語の欠如が、のちのロマネスクの希求につながっているということは十分に考えられよう。この視点から考え直すと、「制約」は単なる技術的仕掛にはとどまらなくなる。物語を求める無意識の衝動に突き動かされるままになるのでは、同一の物語を繰り返してしまう危険性があるが、「制約」によって、ペレックの紡ぎ出す物語は、そうした生々しい刻印を覆い隠すことに成功しているのである。
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