本年度の前半はまず、70年代のテクストに対する基礎的な作業とともに、J・ラカン(1901-1981)による精神分析理論の展開を、その初期から後期にいたるまでたどろうとする場合に必要となる視座と枠組みを提案する著作『ラカン 哲学空間のエクソダス』について、特にラカンの60年代から70年代にかけての議論--すなわち論理学や数学への参照が非常にはつきりしてくる時期の議論--を取り扱った部分を完成し、出版した。平行してラカンによる精神分析独自の論理を構築する最初期の試みとして、戦後すぐに提出された「論理的時間」をめぐる議論と、50年代の議論で提示されたいわゆる「シェーマL」およびその発展形である「シェーマR」「シェーマI」の通底を指摘する論文(「L.R.I.---シニフィアン連鎖の場所・論に向けて」)を発表した。また「「不可能な職業」のために」では、ラカンが60年代から70年代にかけて直面したと思われる「危機」の性質をめぐって、それが精神分析理論に内在する、精神分析そのものの解消の危機ではないかとする仮説を提示した。また夏期にはフランスの国立図書館において調査および資料収集を行い、当時の精神分析家養成をめぐる議論、および分析家の社会的なイメージに関する貴重な資料を閲覧・収集することができた。さらに60年代におけるラカンの思想的な境位の大きな転換を跡づける一連の論文のうち、ラカンが最初期に依拠していた鏡像段階のモデルから50年代のシニフィアン連鎖のモデル---このモデルを踏まえて60年代・70年代の数学・論理学との連接は実現する---への移行過程を取り扱った最初のものを「揺動する水面」と題して発表予定(印刷中)である。
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