本年度はまず、平成15年3月に東京都立大学で行なわれたシンポジウム「ジャック・ラカンと欲望の倫理」中での提題(「欲望とその表現」)原稿を発表に向けて改稿する過程で、ラカンのセミネール『精神分析の倫理』を詳細に検討し、その中で展開されているソフォクレスの『アンティゴネ』の分析を、我々が先行する研究の中で明らかにしてきた「シニフィアン連鎖」の概念が内包する起源と終末における二つのリミットとの関わりで位置づけた。このなかでアンティゴネの悲劇を、そもそも一者すなわち一つの欲望が成立するより以前に他者の欲望を欲望するということ、すなわち「分かたずして愛する」ということに不可避な「悪しき不測の事態(mauvaise incidence)」として捉える捉え方を提示し、これをとおして精神分析固有の問題である愛の問題が、論理学的な問題として提起されるようになる背景の一つを明らかにした。 平成15年10-11月にはラカンの思想形成過程の歴史的再構成を目的とした文献調査をフランスの国立図書館でおこない、ラカンのシニフィアン概念の先鋭化にあたって同時代の心理学者ダニエル・ラガーシュとの論争が果たした役割に関する知見を、論集『フランスとその<外部>』に収録予定の論考「「抵抗」するフランス----精神分析の言語論的展開への道」にまとめた。 また国際交流基金・日本ラカン協会によるフランスの哲学者アラン・ジュランヴィル氏の招聘(平成15年11月)にあたっては、一つの講演のコメンテータおよび二つの講演の翻訳・通訳をつとめ、前後の時期に行なった意見交換の過程で、60年代以降のラカンの議論を統一的に整理する方法や、ラカンと同時代の思想家、とりわけレヴィナスとの関係などについて貴重な示唆を得ることが出来た。
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