フランス古典主義時代の文学論争の実体を多面的に把握するため、主として作品刊行時に添えられた序文、論争書簡、攻撃パンフレット、文学サロン語録などの資料の収集と分析をおこなった。国内の図書館・資料室での調査のほか、約2週間の日程でベルギーおよびパリでの資料閲覧を実施するとともに、神学事典や教会史事典などの特殊な事典類も参照し、さらなる資料の予備調査が実現した。また、日数の関係で本年度の調査では実現できなかったが、ブリュッセルの宗教・世俗学研究所図書室、パリのソーショワール図書館などでも資料の探索を試みる価値があることが判明した。とりわけ後者は修道会系の特殊な図書館であり、古典主義時代の一部の文献に関しては他の図書館では見ることのできない文献を豊富に備えており、来年度以降の研究においてぜひ綿密な調査の対象に加えたい。これらの資料から、演劇断罪をめぐる論争や世紀末の新旧論争など目立った文学論争以外にも、古典主義時代の文学に影響を与えたテーマは少なからず存在することが分かったが、個々の作品との影響関係については、なお裏づけとなる調査や作品の読み直し作業が必要であり、本研究の後半ではこれに相当の時間を割かねばならないことが予想される。アカデミー=フランセーズにおける入会演説、追悼演説なども時期を容易に特定できることから、当時の文壇の趨勢を把握するために綿密に読み直すべきであろうと思われる。また、個々の論客たちが自説の根拠とした事項、参照・援用した作家や著作との心理的距離をはかること、特定の文人による見解の長期的な変遷を実証することなどの作業から、現時点では推測の域を出ていない同時代人間の思想的な接近の度合いを裏づけ、表面的には目立たない対立や連携の有無を判断する適切な材料を揃えることが来年度の大きな課題となることが予想される。
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