本研究は、中世ロシア正教会文学において種々の口承モチーフがいかに作品に浸透したかを検証することを通じて、キリスト教とスラヴ的伝統文化という本来異質なものがいかに融合し、いかなる文化的所産を生み出したかを明らかにしようとするものである。異文化融合のプロセスとその結果として成立した独自の文化的所産(ロシア正教会とその文化)の検討を通じて、西欧とは明らかに一線を画すロシアという国の民俗性への洞察を得ることを狙っている。 研究手法は、1.文献の収集と精読2.コンピュータによるデータベースの作成の二つであるが、本年度は本研究の基礎作業として、対象を絞るための準備作業をおこなうための文献の収集作業を進める一方で、データベース作成用の機器類の整備に経費を割いた。当初、計画していたロシアにおけるレビューは、モスクワにおける劇場人質事件によってビザ取得が困難になったため、来年度に延期することにした。 収集した文献の精読の過程で、対象とすべき種々の中世ロシア教会文学作品のなかで、『キエフ・ペチェルスキイ修道院聖者列伝』が、作品成立をめぐる特殊事情(文学的才能の豊かな破戒修道士が自らの改心を衆目に示す必要に迫られて執筆した)から、本研究のテーマの追求にふさわしい作品であることが明らかになった。 来年度は、対象とすべき作品の更なる探索を続けると同時に、作品の具体的分析をおこないたいと考えている。
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