ドストエフスキーの小説と同時代の犯罪ジャーナリズムの言説の関係を構造的に理解するために、以下の調査をおこなった。 1 アカデミー版全集の註によるソースの指示、およびネチャーエヴァの先行研究に従い、ドストエフスキー兄弟が発行した雑誌『時代』と『世紀』、および同時代の新聞(『声』)や雑誌(『祖国雑記』など)の記事から、とりわけ『罪と罰』に関連の深いものに絞って、北海道大学スラヴ研究センターで資料収集をおこなった。 2 ロシア、英米、日本における小説形式とジャーナリズムの関係、ならびに法と文学の言語行為の関係に関する先行研究の若干を収集した。 3 1861年、ドストエフスキー兄弟が、『時代』誌上にコメント付きで掲載したフランスの強盗殺人犯ラスネールの裁判記録を検討し、犯罪行為と文学活動に「分裂した」人格とされるラスネールの裁判記録が、それ自体、分裂的なジャンルの多様性を備えており、ドストエフスキーの小説の異言語混淆性と間接的に結びつくものであるとの感触を得た。 4 処女作から『罪と罰』にいたるドストエフスキーの小説の発展、および『罪と罰』創作史における一人称から三人称への転換について検討し、それが小説ジャンルの歴史を意識的に反復し、パロディー化するものであることを明かにした。 5 『悪霊』をディスクール分析するための準備作業の一環として、語り手によってスタヴローギンの告白が「よく似ていた」と指摘される「檄文」ジャンルに注目し、19世紀後半の檄文数点を北海道大学スラヴ研究センターで収集した。
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