日本語では、能動文の他動詞に接辞「-られ(-a)re」を付加することにより、規則的につくられる受動文だけでなく、動詞の自他交替(例:自動化接辞-arの付加など)をはじめとするさまざまなかたちで、態交替に相当する意味関係があらわされることがある。前者が統語レベルで起こる文法現象の一例だとすると、後者は語彙レベルでの態交替と捉えることができる。今年度の研究では、まず、こういった語彙レベルの態交替のなかでも、特に、着点主語や被影響者主語をとる表現、身体部位を目的語にとる再帰表現、種々の慣用表現にあらわれる動詞の特徴的なふるまいを観察、記述し、これらの動詞の語彙レベルでの意味構造を統一的なかたちで形式化する研究を行った。今年度の主な成果は、動詞の意味構造において、あるできごととそのできごとから影響を被る対象との間の関係を規定する被影響の意味関数AFFECTEDを仮定することにより、動詞の概念構造において「使役・受動・再帰」という3つの意味関係が相互に果たす役割を明らかにし、従来にはなかった語彙レベルのヴォイス体系を整然としたかたちで提示したという点である。こういった概念構造による動詞の意味記述の有効性を明らかにしていくことが次年度以降の課題となるが、本年度はその準備的な研究のひとつとして、実験的に文学作品から収集した実例をつかった分析を行い、論文にまとめた。さらに、本研究の成果を生かした語彙的複合語の意味構造研究を、国際学会(AILA2002:於シンガポール)において発表した。国際学会での発表は、研究成果の公表と共に、理論的研究成果を、教育をはじめとする隣接分野といかに共有していくかという新たな問題意識を得たという点でも有意義であり、今後の語彙意味論研究のあり方についての考察を、「域際交流」をキーワードとした小論文に発表し、今年度のまとめとした。
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