研究基盤を確固としたものにするため、まず一次資料としての日本政府の戦没者記念式典における政治的言説を収集・確認することから始めた。なかでも、厚生労働省・援護局への問い合わせを通して、千鳥が淵戦没者記念式典における岸総理大臣の式辞および関係閣僚のあいさつの言葉を手に入れることができた。この資料は、国家言説を分析していく上で重要な意味をもつ。その一方、いくつかの日本政府の文書ファイル(昭和40年、平成2年、平成5年)が不明あるいは不備であることもわかった。当時の主要な全国紙の縮刷版に目を通したものの、全国戦没者記念式典での首相の式辞全文、衆参両議院長、最高裁判所長官、遺族代表のあいさつの言葉の場合はその要旨さえ見つけ出すことはできなかった。また、資料・文献収集を進めるかたわら、研究の論点の実証・論証を組織的・体系的に記述・分析していくために、アメリカにおける歴史学、社会・歴史哲学、そしてスピーチ・コミュニケーションといった学際的な研究分野での記憶の言説形成や過去の語りをめぐる批評理論や方法論などの動向にも関心を払った。さらに、研究の途中経過としては、日本政府による語りのイデオロギー分析をめぐる研究発表を日本記号学会と社会言語科学会で行う機会を得た。海外の研究者とのやりとりを通して、西洋的な語りの装置とはなにか違う要因が日本政府(ひいては広島や長崎)の語りの装置には働いているかもしれないと考え始めた。日本政府の国家言説のなかには何かアジア的な、あるいは日本的な要素があるだろうか。現在は、今年七月末アメリカ、カリフォルニア州立大学で開かれる学会発表の準備を進めている。そこでの研究発表と質疑応答を通して、さらに歴史・社会・文化的な文脈の視点や語りのイデオロギー装置の比較・対照的な観点を培った上で、広島と長崎という地方都市から発信された政治的言説の資料・文献収集を行うことをさらなる課題として考えている。
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