昨年度収集した資料を検討してゆく過程で、大別して次の2点に関する考察が展開できる見通しが立ってきた。ひとつめは、カリブ海文化における表現の媒体についてである。グローバル情報化社会である点からしても、衛星・ケーブル放送を通じて合衆国文化が普及し影響を与えているのは当然ながら、いっぽうでジャマイカのポピュラー・カルチャーならではの独自性が発信され続けているのは、カリブ海のローカリティに根ざした表現がマス媒体よりもむしろ地域の「サウンドシステム」で育まれ、たとえば音楽ソフトの流通も大手レコード会社を経由することなく無媒介的に国内に普及してゆくことによるところが大きい。これは歴史的に見て、詩(朗読)や演劇という聴衆と無媒介的に向き合い対話する表現媒体がカリブ海地域のローカル文化を支え、小説という印刷(マス)媒体を利用した表現媒体を利用する作家たちがカリブ海外の大都市(ロンドンやニューヨークなど)の移民を支えてきた点と相似的である。ふたつめは、カリブ海文化の身体表現が、宗教的シンクレティズムと類似している点である。しかしこの件に関しては、身体表現を研究において言語化するさいに慎重な方法論が必要とされるため、今後かなりの時間を要することになりそうである。 具体的な実績だが、裏面に記した論文は、これまでの理論的考察の一環としてポスト植民地主義社会における時間(歴史)感覚という問題について、本研究課題である大西洋の東端アイルランドの詩人・劇作家の作品をもとに議論を試みた。上記カリブ海文化の表現媒体に関する考察がアイルランドにおいても当てはまる点が興味深いので、今後はその点も考察したい。また、トリニダード・トバゴ共和国でのカーニバルやモナーク、マスを現地取材した。これらカーニバルその他は、カリブ海でも最も人種間軋轢が激しい国における国民統合的意味合いを持って発達してきたものであるだけに、今後の研究に大きく与する資料となりえるはずである。
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