本年度は、WTOの新ラウンド交渉が停滞したため、貿易救済制度に関する紛争のパネル・上級委員会報告書を中心に研究を行なった。その結果、パネル・上級委員会報告は、WTOにおける貿易救済制度の趣旨目的が不明確であるため、目的論的解釈を避け文言主義解釈を行なっている傾向があることがわかった。このような解釈態度は、WTO紛争解決了解3.2条に規定される紛争解決機関の任務からすれば妥当であるが、他方で、WTO貿易救済制度の合理性を損ないかねない。同制度を合理的に運用するためには、立法的対応が避けられないこと、及び制度趣旨に関する国際的なコンセンサスが不可欠であることが判明した。また、パネル・上級委員会報告は、貿易救済制度に共通する要件については、統一的な解釈を行なう傾向があることもわかった。例えば損害・因果関係要件における不帰責規則に関し、パネル・上級委員会はセーフガードとダンピング防止税について同様な解釈を行なった。こうした傾向は、貿易救済制度の統一的運用として評価できる反面、ダンピング防止税・相殺関税・セーフガードという個別制度の趣旨目的が不明確なまま画一的な運用につながるおそれもある。以上のようなパネル・上級委員会の解釈態度及び新ラウンドにおける協定改定交渉の停滞を踏まえると、貿易救済制度に関するWTO協定の条文が、その趣旨目的は不明確でありながらも、WTO加盟国の国内法における貿易救済制度の運用に対して、一定の枠付けを行なっているという限定的な機能は存在するといえ、この機能をWTO体制全体の中でどのように位置づけるかが次年度の課題である。
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