私の研究課題は「国際刑事裁判所規程における『補完性の原則』の意義と限界」である。国際刑事裁判所(ICC)は多数国間条約であるローマ規程によって設立され、個人に直接国際法を適用する画期的な試みであるが、従来国家が有してきた刑事管轄権との競合という問題を抱えている。この問題を解決するためにローマ規程が導入したのが、「補完性の原則」である。本年度はこの原則の機能に着目して研究を続けてきた。 具体的には、この原則の適用によってどのような場合にICCが管轄権を行使できるのかという問題と、公正な裁判が行われるために不可欠な容疑者の身柄の引渡に、この原則はどのような効果をもたらすのかという問題を検討した。前者に関しては、管轄権の競合が起こった場合はICCの側が国内裁判所が訴追を真正に行う意図又は能力があるかどうかを判断する権限を有していることから、広くICCの管轄権が確保される制度として構築されている点が評価される。しかしこの枠組みは国内法が整備されているいわゆる先進国に有利な制度であり、ICC自体を推進してきた国の国民は、ICCで裁判を受けることはないという結果になり、このことの是非はあらためて検討すべき課題として浮上した。また後者については、ローマ規程では身柄を実際に拘束している国の裁量を認めている。これは同じく国際刑事裁判所といっても、国連安全保障理事会決議によって設立されたユーゴ国際裁判所と比べると、確実な身柄の確保という観点からは後退したとも言える。しかし、これは国連加盟国に義務づけを行うことができる安全保障理事会決議で設立された裁判所と、通常の条約という形式で採択された裁判所の違いであり、換言すれば、国際社会の合意の程度の違いであるといえよう。次年度は引き続きこのようにICCを他の国際刑事裁判所と比較し、相対化することによって、補完性の原則の意義と限界を明らかにしたいと考えている。
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