異なる制度や組織は、各経済主体に対し異なるインセンティブを与え、その結果として異なる行動パターンを生み出す。同様に、労働市場-ここでは企業と労働者のマッチングがおこる外部労働市場のみならず、人事および技術訓練等の企業内の資源配分が決定される内部労働市場をも含む幅広い領域を指す-の制度や組織は、労働者の勤労意欲や人的資本の蓄積に対して莫大な影響を与えるであろう。こうした観点から、現在までに、労働市場における多様な制度や組織といったものが、どのような背景の下で成立し、どのような影響を労働者や労働市場全般に与えるのかについての研究を行っている。また、そうした過程における、社会規範や慣習といったいわゆる社会的な要因も明示的に分析に取り入れ、さらに、必要に応じてそうした要因の内生化も行っている。 現在の主要なテーマは、終身雇用や年功序列といった日本企業特有の雇用慣行や制度である。ここで特に重要になるのは以下の点である。 (1)終身雇用や年功序列などの雇用慣行がどのような背景の下に成立するのか。 (2)こうした慣行が労働者個人の行動パターンにどのような影響を与えるのか。 (3)こうした慣行の社会的な帰結は何か。 社会的な要因を考慮した状況では、各経済主体(ここでは主に企業経営者と労働者)の行動が相互に影響を与えるために、均衡が社会的に最適な状況を保証するとは限らない。例えば、終身雇用については、各企業が終身雇用を採用することにより、転職者の質を低下させ、転職市場を限定的にしている可能性があるであろう。しかしこうした状況は労働者と企業間のミスマッチを解消できないために、企業と労働者のマッチングという観点からは望ましくないかもしれない。このような社会的に望ましくない均衡に陥る可能性を回避するための適切な制度設計や政策手段は今後の重要な研究課題である。
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