本研究では、環境規制が産業におけるイノベーションに及ぼす影響に関して、自動車産業を例に取って検証した。1970年代にアメリカ・カリフォルニア州において、自動車メーカーに対する厳しい排気ガス規制が導入された。当初はこの規制をクリアすることは困難と考えられていたが、日本企業を始めとした各メーカーはイノベーションを追求することにより、この規制に定められた目標を達成することができた。この時代は、一方的に課された環境規制に対して、自動車メーカーが強制的に技術革新によって対応させられるというのが特徴であった。その後カリフォルニア州は、Zero Emission Vehicle(ZEV)というさらに厳しい規制を1990年に導入した。それに対応した各自動車メーカーの技術開発の動向に関してより詳細な分析をするために、日本における特許分析を行った。自動車メーカーの中でも、特にトヨタ自動車が規制に対するキープレーヤーとしての役割を果たしたことが特筆される。トヨタは、あらゆる技術領域に手を広げており、1996年のZEV規制延期の前からシリーズ・ハイブリッド自動車の開発を進め、1999年にはパラレル・ハイブリッド自動車の開発を開始し、すでに量産化にも成功していた。燃料電池自動車に関しても1996年にいち早く水素吸蔵合金を使用したものを公表しており、トヨタは環境規制よりも先行して自主的に技術開発を行っていたことが読み取れる。一方、日産や本田は、多少遅れを取りつつも、それぞれ自社の特長を活かしながら技術開発を進めている。1990年代には、規制当局と自動車メーカーとの間には当初対立関係があったが、相互の間での情報・意見交換などを通じて、規制当局は技術開発の現状に関してより深い理解を得、一方自動車メーカーは規制に関して不確実性がより少なく長期的な見通しを得ることができた。そうした双方向のやり取りの過程を経た環境規制と技術開発の「共進化」によって、環境規制はより技術開発の動向を考慮してより柔軟に集成され、結果として新しい技術の導入が進められることになった。
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