本年度の研究目的は、第一に成熟・衰退産業の地域中小企業における新たな成長戦略の可能性を見積もること、第二に、経営教育の変革についての基礎理論の探求にある。前者について2点ある。(1)問題発見のための事例分析、(2)事例に即した説明力の高い研究枠組みの提示、である。まず(1)については、関西地区におけるアパレル産業の事例研究、ならびに静岡県の中小ローカル私鉄4社の事例研究をおこなった。前者は失敗の事例、後者は経営再建過程における企業家活動に光を当てた。事例で明らかにするように、市場志向への戦略的転換によって「マーケティング近視眼」(T.レービット)を乗り越え事業の「脱成熟」(W.アバナシー)が可能であったかどうかが経営再建の鍵なのである。事例では資源ベース理論(RBV)に基づき、企業成長を導き時にはそれを律する企業特殊的な経営資源の開発・駆動メカニズムについて明らかにした。RBVでは、経路依存性やルーチン、市場の競争圧力などの影響が指摘されてきたが具体的分析がない。また環境適応の強調は、事業機会を構想し既存資源を開発・利用する企業家の役割の事実上の無視を意味する。むしろ経営資源の潜在的用益の多様性と、それが人間の知識や信念によって生成されるという側面の分析が重要であることを示した。 第二点については、学校教育システムにおける学習過程を反省的に考察するうえで極めて有効性が高い学習理論と思われる状況的認知論についての日本の第一人者による最新の批判的研究書である福島真人『暗黙知の解剖-認知と社会のインターフェイス』において示された到達点を検討する作業を通じて、とくに経営教育の今後を構想するうえで鍵となるに「教室と現場」、ひいては経営学自体における「理論と実践」というテーマについての若干の含意を引き出した。
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