走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた金属表面の単一吸着分子に対する非弾性トンネル電子分光(STM-IETS)の理論を展開した。金属基板、吸着子、吸着子上の振動モード、STMチップからなる系を考え、吸着分子の振動励起を介した非弾性および弾性トンネル過程を調べた。これは振動系を組み入れたAnderson模型として扱える。基板とチップとの間のバイアス電圧は二つの系のケミカルポテンシャルの差で決まることより、非平衡電子分布を扱わなくてはならず、非平衡Green関数法を用いて解析的及び数値的に系を解析した。 弾性トンネル電流と非弾性トンネル電流に対する表式を電子-振動相互作用について二次摂動の範囲で解析的に導出し、その物理的描像を解明した。またどのような条件の下で非弾性トンネルスペクトルが吸着分子の振動状態密度を直接反映したものになるかを明らかにした。その際、非弾性トンネル電流により誘起される振動量子によって、振動系はSTMチップ、金属基板の電子系の温度より高くなる効果(振動加熱)を議論した。 また、数値計算を用いることにより、観測されるべきSTM-IETSスペクトルの形状をさまざまな状況に応じて示した。これにより、非弾性トンネルスペクトルは単に対称なピーク構造を持つだけでなく、場合によっては非対称な形状や、ディップ構造を持つことを示した。ここでは、吸着分子の電子状態におけるトンネル電子の寿命と基板/STM-チップから吸着分子の電子状態への仮想的な励起による滞在時間という二つの時間スケールが非弾性トンネルスペクトル形状を決める上で重要であることを明らかにした。 これらの結果はSurface Science誌に掲載され、また2002年10月に葉山(日本)で行われた日独セミナーにおいて招待講演として発表した。また表面科学会誌の招待論文として公表される予定である。
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