今年度は、開発の終了した超低温走査トンネル顕微鏡(ULT-STM)を使って、P波スピン3重項のクーパー対をもつと考えられるSr_2RuO_4(超伝導転移温度=1.5K)の走査トンネル顕微/分光(STM/STS)実験を開始した。この系のルテニウム過多の結晶(3-K相)では転移温度が3Kまで上昇することが知られているが、これまでSTMを用いた原子スケールの研究はなされたことがなく、転移温度上昇の機構も解明されていない。 そこでまず、低温劈開した3-K相試料表面のSTS測定を1K以下で行った。その結果、場所によって3種類(半導体的な大きなギャップ、V字型のギャップ、そしてギャップのない金属的な状態)の定性的に異なるトンネルスペクトルが得られ、表面上に大きな電子状態密度をもつ幅0.4nm以下で長さが1μm以上の密集した線条構造が存在することが分かった。この線条構造は、走査電子顕微鏡で観測されていた針状ルテニウム析出相の微細構造を初めて原子スケールで観測したものと考えられる。その周辺では、幅約10meVの半導体的なギャップをもつスペクトルとギャップのない金属的なスペクトルがわずか数nmの範囲で複雑に混在しているが、その空間分布を完全に解明するには至っていない。また、超伝導ギャップを含む詳細な状態密度分布を調べるためには、装置のエネルギー分解能が未だ十分でないことも判明した。そこで、最低温度2Kの小型STM装置を使用して、鉛の超伝導ギャップ測定を通じた原因究明を行った結果、エネルギー分解能を下げる要因が低温部の測定用リード線にあることを突きとめた。現在は、この知見をもとにULT-STM装置の改良を終え、超低音におけるSr_2RuO_4の超伝導ギャップのSTS観測実験にとりかかりつつある段階である。
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