研究概要 |
有機・無機複合π-d系を開発する目的から、有機ドナー分子としてTTF誘導体(特にBEDO-TTF)を、また無機陰イオン分子として遷移金属イオンを用いて新しい有機・無機複合体の作成を試みた。本年度は、特に2種類の遷移金属[M,M']を含むジチオオギザレートMM'(dto)_3を用いた錯体の開発に取り組んだ。ここで、2価の金属Mとしては、Niを用い、3価の金属M'としてはCrを用いた。まず、既知物質であるTBA[NiCr(dto)_3]錯体(TBA=n-C_4H_9N^+)の合成と物性測定を行い、強磁性体を得た。これを支持電解質として用いTTF誘導体との錯体作成を試みたが、TBA[NiCr(dto)_3]の溶解性が非常に乏しいため、困難である事が分かった。そこで、K_2(dto)あるいは[Cr(dto)_3]^<3->を用いて、複分解法によりBEDO-TTFとの錯体を合成する事を試みた。その結果、前者を用いる方法では反応がうまくいかなかったが、後者を用いる方法では黒色粉末状の錯体が得られた。得られた錯体の分光測定の結果から、BEDO-TTFは部分電荷状態である事が分かり、錯体は室温付近で金属的伝導挙動を示した。さらに、遷移金属間には強磁性的な磁気的相互作用があることがSQUIDによる磁気測定結果から分かった。あるバッチの試料については、EDXの結果などを考慮すると、(BO)_9{Ni(H_2O)_2[Cr(dto)_3]_2}・(H_2O)であると考えられる。しかしながら、バッチ依存性があり、錯体の組成を完全に同定する事がまだ出来ていない。さらに、この錯体の単結晶を得るために、電気分解法などを試みたが、残念ながら現時点では単結晶は得られておらず、今後の課題である。 また、遷移金属を含むBEDT-TTF錯体の高圧による物性制御を試みた。Fe(CN)_6を含むκ型錯体についてクランプ式圧力セルを用いて静水圧下での伝導度測定を行ったところ、圧力により絶縁相がエンハンスされる事が分かった(フランスのウアハブ教授との共同研究)。低温の電荷分離相への圧力効果とその周辺の電子相の解明、およびπ電子系に対するd電子の影響などの観点から興味深く、今後、更に高圧下での物性測定を行う予定である。 さらに、κ-(BEDT-TTF)_2X塩の磁性と超伝導の関係を詳細に調べるために、一軸性ひずみによる物性制御を行った。スピン三角格子の異方性が電子物性を決める上で重要な働きをしている事を見出した。
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