本年度は、熱平衡にある少数自由度系の熱的性質を解析的に考察した。前年度の研究で、希薄気体が含まれたピストンの状態方程式の数値的解析により、Szilardらに代表されるこれまでの研究において、暗黙のうちに仮定されてきた、マクロ熱力学状態方程式のピストン系での成立が成り立たないことが示されている。この系に対して、マスター方程式の方法を用いて、熱平衡状態に対して厳密に成り立つ状態方程式を導出した。その結果は、昨年度数値的に得た結論と一致するものである。すなわち、通常のマクロ熱力学で成立する状態方程式PV=nRT(少数自由度での粒子数をNと書いたときには、PV=NkT。ここにkはボルツマン定数)はもはや成立しない。昨年度行った手法と、本年度行った手法は、独立な手法であり、それにも関わらず一致した結果が得られたと言うことは、本研究で得た結論が、普遍性を持つ結論であることをより強く示唆するものである。 少数自由度系での一分子(広い意味で、イオン等も含むことにする)の興味ある振る舞いは、生物分子モータに限られず、生物一般における分子輸送現象に見ることが出来る。生物細胞の膜上に見られるイオンチャネルの選択的透過性は、ほぼすべての生物が、その生体活動を維持するだめに必須のものとして持っている機能であるにもかかわらず、その選択性の起源は未だ明らかではない。近年、磁場や電磁波の影響によって、このイオンチャネルの選択的透過性が影響を受けることが明らかになってきた。生体における一分子系の理解の鍵になると思われる本現象を、基礎物理学の立場からレビューし、今後の研究の方向を示した。
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