スピングラスなどにおける実験で「緩和再初期化(rejuvenation)/メモリー効果」とよばれる現象が実験的に見出され、現在非常に興味が持たれている。これについてghost domainと呼ぶ描像に基づく理論を以前に提唱した。この描像では、スピングラスなどランダム競合系に存在する温度カオス効果によってrejuvenationが起こる過程の詳細と、温度カオス効果によっても破壊されない動的なメモリーのメカニズムを提案している。スウェーデンのウプサラ大学の実験グループの協力を得て実験/数値シミュレーションによってこれを詳しく検証する研究を行ってきたが、これを本年度完成させた。この研究過程で、通常のガラス系で良くみられる強い冷却速度依存性がスピングラスではなぜ極端に弱いのか、という点が新たな問題として浮かび上がり、これをさらに研究した。スピングラスでは温度カオス効果のために、ある冷却速度で系を冷却している過程は一定速度でボンド摂動を行っていることに類似していると考えられる。この視点から冷却速度依存性についてのスケーリング則を導いた。またこれを数値実験によって詳しく検証した。一方、スピングラスに類似していても強い緩和再初期化を示さないある種の双極子グラス系では、温度カオス効果ではなく、平衡状態における通常のdroplet励起の活性度が温度変化に追随できず、短時間の「見かけ上のrejuvenation」を示すことがわかり、これについての理論を構成した。この他、関連する問題として、実空間繰り込み群の方法によるXYスピングラスの温度カオス効果の解析、1次元梯子格子上のXYスピングラス模型の数値的/解析的研究、Villain近似に対する多体力の補正項の系統的な導出法の開発などを行った。さらに、本年度はスピングラスの非線形帯磁率におけるエイジング効果の研究を行った。特に、球形平均場スピングラス模型のスピングラス相の動的非線形帯磁率の解析方法を開発し、まず絶対零度における厳密解を求めた。
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