超臨界流体は、基礎研究の対象としても、応用科学の側面からも最近大いに注目されている。前者の観点からは、臨界温度以下で存在する熱力学的特異性が、臨界点を超えたときにどのような形で残るのか、あるいは消失していくのかという点に興味が持たれ、本研究でも理論的な検討を行ってきた(平成15年度報告書等)。一方後者の観点では、超臨界流体は物質を合成あるいは分解するための場として捉えられる。本研究では、グリセルアルデヒド(GLA)という物質に着目し、臨界温度前後の水溶液中などの条件下で、凝集、鏡像体間の異性化、立体特異的相互作用が相互に影響しあってキラル対称性の破れに関する興味深い振舞いが見られる可能性を検討している。これまでの研究の概要を以下に記す。GLAには次のような特異な性質がある。(1)ホモキラル系(鏡像異性体の一方から成る純成分系)の方がラセミ系よりも融点が高く、他の物質とは逆であること、(2)分子の異性化のエネルギー障壁が小さいと考えられること、(3)水に対する溶解度が比較的小さいこと。最近Toxvaerdによって指摘されているように、これらの性質はGLAが液相あるいは水溶液中でキラル対称性を自発的に破る可能性があることを示している。本研究では、プログラム・パッケージCHARMmを利用して凝縮相にあるGLAの分子動力学シミュレーションを行い、静的および動的構造、熱力学的性質について調べた。予備的な計算結果の一つとしては、温度と等積比熱の関係がある。その結果から、ホモキラル系の方がラセミ系よりも融解温度がわずかに高く、安定であると予測している。この他さまざまな研究結果を詳細に検討し、GLA凝縮相でキラル対称性の破れが起こる可能性とその機構について検討を遂行中である。
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