北極海が降水・河川水・太平洋表層の低塩分水などの形で受け取った多くの淡水は、フラム海峡とカナダ多島海を通ってそれぞれリーンランド海とラブラドル海に排出される。数値モデリングにおいてこれらの海峡通過流および海峡通過後の淡水経路が正しく表現されているかどうかは、グリーンランド海とラブラドル海を深層水形成領域とする大西洋深層循環の定常的な状態を正しく表現するために重要な要素であることが昨年度までの研究によって示された。本年度はさらに、フラム海峡を通して北極海から流出する海氷量が、北極振動に代表されるような10年から数十年スケールの気候変動に伴って変動した場合に、上述の淡水排出経路の表現が大西洋深層循環の長期的な状態に少なからぬ影響を及ぼすことが示された。フラム海峡を通した海氷の流出量は主としてその場の風向・風速によって変化する。この海氷流出量の増加(減少)はラブラドル海における深層水形成を抑制(促進)して大西洋深層循環をひとまず弱める(強める)。一方、海氷流出量の増加はまた、北極海の海氷厚を全体的に減少(増加)させ、大気-海洋間の熱交換を活発することによって北極海で海氷の成長を促進(抑制)する。これによって生じた北極海表層の高塩分化(低塩分化)は海氷とは十年程度の時間差を持って北極海の外へ排出されるが、それが主にフラム海峡を通って北極海から排出される場合にはラブラドル海における深層水形成および大西洋深層循環をもとに戻すように働くのに対し、カナダ多島海を通って北極海から排出される場合にはラブラドル海における深層水形成に影響を及ぼさないため、大西洋深層循環は長期的に弱まった(強まった)ままとなる。現状の多くの全球規模の数値気候モデルにおいてはカナダ多島海は十分に表現されているとはいえないが、その表現が気候変動の理解や予測においても重要な要素であることが示された。
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